法主絶対論(日顕宗の邪義の真実)
あけましておめでとうございます!
創価学会のみなさん!日顕宗の皆さん!
今年も良い一年になりますように〜
というわけで、本日は日顕宗の間違っている教義である法主絶対論について平等な目線で真実を解明していくよ。
創価学会の教えには日顕宗を破す!はかなり重要な教えになってて教学試験にでます。
任用試験から一級試験までずっと出ます。
だいたい毎回同じような批判なんですが、その中に法主絶対論というのがあって、
日顕宗の法主の言う事は絶対だ!法主は大聖人と同じだから間違っていようが絶対に従わないといけない。それこそ僧俗差別につながる邪義なのだー!
日興上人は時の法主でも己義を構えたら用いてはいけないと言ってるのだー!
なんて勉強します。(笑)
それが不思議な事に日顕宗の人は法主絶対論などないのだ!と言います。
でも日顕宗にはご法主上人猊下に信伏随従しとしっかり記述があるし、そう指導されます。
さてさて、ホントのところはどうなんでしょうね?僕は創価学会もむちゃくちゃ活動したし、日顕宗もそこそこ見てきてるので、僕的に、正直にありのまま書いてみます。
結論から言うと創価学会の池田先生との師弟不ニより気楽な関係です。
例えば僕が日顕宗に入会した翌年の夏に夏期講習会という大石寺の行事に参加した時なんですが、日如上人が御書講義してくれました。創価時代は御書講義なんて大百読むくらいで池田先生がしてくれるわけでもなく、独学で勉強するしかなかったけど、日顕宗は猊下直々に御書講義だったのでとても嬉しかったです。日如上人は面白い話もしてくれて三大秘法抄の講義や佐渡御書の講義などとても勉強になりましたが、
前列の左の人がイビキをかいて寝てました。😆😆😆
猊下って、法主絶対論の法主なのに寝るって!
もちろんむちゃくちゃ真剣に正座して背筋ピーンとはって真剣勝負?でメモをとりながら拝聴しているひともいるし、
普通にあぐらかいてきいてる人もいます。
でも猊下は楽しそうにわかりやすい御書講義をしていました。
前座で説法してくれた坊さんの話も凄く良かっです。
坊主の金儲けと言われる本門戒壇の大御本尊様に題目を唱える御開扉も猊下が毎回わざわざ導師をしますし、御開扉役の坊さんもむちゃくちゃ慎重に大聖人様に接するように扉を開けるし、題目役の坊さんの声はビックリするくらい滑舌良くてキレイで、まさに大聖人様にお目通りの時なのに、
寝てる人います。😆😆😆
実は僕もたまに寝ちゃいます。😭😭😭
でも紙にお願い事書いてむちゃくちゃ真剣に唱題してる人もいます。
でも、そんないろんな人もみんな日顕宗の信徒で異体同心の同志だし、その事をとやかく言われたコトもないんですね。
日顕宗の異体同心とは本門戒壇の大御本尊様を信じている事によってのね異体同心なので
学会のようにあーでもないこーでもないといろんな条件はないんですね。
だから信伏随従とは猊下の指導に従って広宣流布をしていきましょうと言うことなので、
日興上人の仰る己義なんか構えようがないと思うんですよ。
例えば猊下が本門戒壇の大御本尊は受持しません!とか言い出したらそれは己義なんですよ。間違いなく。
だって本門戒壇の大御本尊様を受持しませんっていう猊下に信伏随従したら成仏できなくなるじゃないですか?
そういう場合は用いてはならないんですよ。
それ以外は信伏随従で全く問題ないと思うんですね。
でもそれ我慢できなかったのが、
池田先生であり、浅井先生だったんですね。
国立戒壇論をすてて己義をかまえた!
日達法主は謗法だー!by浅井
ベートーヴェンに難癖つけて信徒を差別したな僧俗差別の己義だ!
by池田先生
みたいにね〜。
はぁ、まぁ、僕からするとの池田先生も浅井先生も我が強いのかな〜、
正義感も行き過ぎると恐ろしいな〜とおもうんですね。
僕からすると創価男子部時代の池田先生の心を我が心とし、師匠にお応えするのだー!のほうが数百万倍、師匠絶対論なんですけどね。
あれ?これって逆に池田先生と浅井先生が己義になっちゃうんじゃないのかな?
な〜んて気楽に考えちゃう僕が異常なのか、
いや!坊主はだめだ!池田先生は素晴らしいのだ!の創価がただしいのか?
どうなんでしょうね?🤔