ランさんへの回答②🙇
あと、ひとつ質問頂けてましたので回答します。
まずはランさんからの質問です。
(自分が仏と同じと考えるのは大謗法)
»»「久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」(生死一大事血脈抄 御書全P1337)
学会教学では「久遠実成の釈尊」とは文底読みで「日蓮大聖人」のことと解釈しています。
「仏(大聖人)と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無し」との御文についての見解をよろしくお願いします。««
ありがとうございます!
仰る通りだと思います。
大聖人様と、法華経(南無妙法蓮華経)と凡夫が題目を唱える。
これですね。
大聖人様と法華経で人法一箇じゃないですか?
人法一箇といえば御本尊様です。
御本尊様に凡夫が題目を唱える事で、仏性が現れるから差別はなしと悟る事ができるのではないでしょうか?
あくまで、正しい御本尊があってこその凡夫即極ではないでしょうか?
正しい御本尊に信心口唱する凡夫にはもったいなくも差別はないのだと捉えています。
しかしながら、それをもって直ちに自分が仏様だと言うのは戸田会長の言うように増上慢になると考えています。